やまめに学ぶブナ帯文化


6.満天星

 これまでヤマメに学び、ブナ帯文化を掲げた経緯などを述べたが、これからはブナの森の中を見つめて書くことにする。
dodana  
さて、新緑の清々しいブナ林に、薄紅の花を群がるように咲かせたシャクナゲや、森のあちこちに明かりを灯したように赤紫のあざやかな花を開いたミツバツツジの季節が終わると、森はしだいに深い緑に包まれていく。すると、ドウダンツツツジの季節となる。

 ドウダンツツツジは満天星と書いてそう読ませる。ブナの巨木の下にひっそりと育ち、小さな壺状の可憐な花を長い花柄に吊り下げて互い違いに垂らしたように咲かせているさまは、なんとなく星が天空から降ってくるようなイメージがしないでもない。 長い花柄が垂直に下垂しているのはベニドウダン系、花柄が一か所から横に突き出て、それからしだいに曲がって下垂するのはサラサドウダン系である。ベニドウダン系もサラサドウダン系もそれぞれに味わい深い特長を持っているが、なかでも紅に白い縞模様を付けたベニサラサドウダンツツジはとても可憐で美しい。

 昭和50年代の半ば九州山地にスキー場を、と独りで黙々と森に入って調査を続けていた6月のとある日、ベニサラサドウダンツツジの群落に出会った。そこには、ほとんど九州では見かけられないほどの巨木が花を満開にして惜しげもなく突っ立っていた。この種はドウダンツツジの中で最も珍重される種であって、これだけの群落を形成しているとは夢想だにしなかったので感動に震えた。このことがきっかけとなり、後年「ホテルフォレストピア」を建設する時、ベニサラサドウダンツツジの花をシンボルとしてデザインすることにした。

 ドウダンツツジは冬、梢をシンと伸ばして霧氷を付け、澄みきった青空に映す樹形は実にさわやかで美しい。だが、圧巻は秋の紅葉である。紅葉の色合いは、あざやかな花をつける種ほどひかえめな黄系統の色に紅葉し、おとなしくて目立たない花をつける種ほどあざやかで真っ赤な紅葉に変身する。なんともバランス感覚に優れたツツジである。

 だが、もっと興味に引かれるのは、実はその種子にある。夏に花が終わり、しだいに結実してくるとその種子を吊りさげている長い柄は、やがて途中からU字形に折れ曲がって上を向いてしまう。下を向いている種子の入った壺を上向きに換えてしまうのである。秋になると水分を上げなくなるので樹木だって体を動かすのが億劫だろう。それなのに「なぜ?」と、上向きに曲がった長い花柄を見て思った。

 当然、実が熟してそのまま枝の下に落ちてしまっては種を増やすことが出来ない。種子をできるだけ遠くへ飛ばすには、強い北風が吹いた時だけ種子を風に乗せなければならない。このためには、壺を上に向けてその中に種子を保持して風を待たなければならないだろう。強風の時だけ種子を飛び出させるための流体力学や航空力学などをどうやって知ったのであろうか。

 植物の単なる進化とはいえ、偶然にそうした現象が起こりうるだろうか。知恵がなければ柄をU字に折り曲げることを思いつく筈がない。動けない植物にとって人知を超えた何かの意思が働いているのではないだろうか。自然界は実に不思議で偉大である。

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